ワークスタジオ群馬 代表 笠井 勇哉氏 インタビュー
障がい者就労支援施設。みずからを「健常者」だと思う人たちにとっては、馴染みの薄い場所であると感じるかもしれない。しかし実際のところ「障がい者」と「健常者」の間に大きな溝があるわけではなく、その違いはグラデーションのように緩やかなものである。2017年10月に創業されたワークスタジオ群馬は、法的な会社のくくりこそ「障がい福祉サービス」となっているが、「自分を変えたい」と考える全ての人を対象とした人生の研修所だ。
その取り組みは、他の多くの障がい者就労支援施設とは一線を画す部分が多い。そしてその取り組みを知ることは、障がい者や健常者という分類にとらわれずに本質を見つめるための入り口となるだろう。そんなワークスタジオの代表である笠井勇哉氏に対し、具体的にどのようなポイントが特別なのかを伺うためにインタビューを行なった。
多彩なカリキュラムが、利用者と社会との繋がりを強くする
-ワークスタジオ群馬では、どのようなカリキュラムを用意しているのでしょうか。
「弊社の就業支援カリキュラムは、オフィスワークに特化しています。利用者1人に対し1台のPCを貸与し、必要に応じてタイピングなどの初歩的な技術から教え、最終的にはデザインやMicrosoft Office Specialist、ITパスポート等の各種資格取得までサポートします。
また、ご存知の通りPCの技術だけではオフィスワークは務まりませんよね。挨拶やテーブルマナーなどのビジネスコミュニケーション、人間関係に関する知識が必要になります。さらには職場で活躍するコツなど、仕事哲学を全般的に教えています。」
-仕事哲学まで教えているのですね。スケジュールはどのような形になるのでしょうか。
「個人個人で異なるため一例ですが、月曜日から金曜日は10時の朝礼から始まり、午前中は仕事に対する考え方の講座とビジネスマナー、そしてPCスキルの座学。昼食を挟み、午後は個人課題や就労相談、そして1日の振り返りを行って15時に終礼となります。
その後も17時まで施設は開いているので、自己啓発などの自由時間として開放しています。ちなみに、土曜日はイベントや講演などの特別な時間になっていますよ。」
-利用者さんによってカリキュラムが異なるとのことでしたが、具体的にはどのような違いがあるのでしょうか?
「ワークスタジオには、『障がいや特性ではなく本人と対話する』という企業哲学があります。障がいの名称が同じであっても個人個人で状況が異なりますから、とにかく対話をしてみないと分からない。
たとえば、ある利用者さんが『今日は出席したくない』と仰ったとします。その時に粘り強く『頑張って来てみないか』と言うか、『大丈夫、休んでいなさい』と言うか、または他の方法を取るかは、本人との対話から答えを導き出します。」
-どの方法が最も利用者の方のためになるかを考えているわけですね。
「さらにワークスタジオ群馬では交通費支援、無料送迎も行っています。出席することへのハードルを出来る限り下げて、利用者さんにとっての幸せな生活を手に入れてほしいと考えています。」
-ちなみに、土曜日は具体的にどのように使われているのでしょうか。
「外部講師や企業の社長による特別セミナーを行っており、人文地理学やアプリ開発、デザインなどの専門分野を学ぶことができます。私自身も音楽業界にいたので、音楽業界の講座を行うこともありますよ。」
提携企業での就労体験から、そのまま就職するパターンもある
-基礎的な部分から、専門的な部分まで。そこまで広く深く学ぶことができれば、多くの仕事に対応できそうですね。
「さらに、弊社のカリキュラムは座学だけではありません。施設の外でも就労訓練を行っているんです。」
-施設の外、というのは?
「たとえば、他企業と連携して就労体験を行うなどです。食品加工の製造ライン、生産管理、商品の選別等、利用者さんの特性やスキルに合わせて訓練先を選び、実際に働くことで社会との強い繋がりを獲得していきます。
とはいえ、利用者さんにとっては人生で初めての職場であることも少なくありませんから、不安な部分も多いと思います。そこで弊社では支援員も訓練に同行し、就労体験のサポートをしているんです。そしてもちろん、訓練給も支給していますよ。」
-様々な業種とアクティブに関わりを持つことができるのですね。自分自身の適性を把握することにも繋がりそうです。
「そして、もしも就労体験のうちに『ここに勤めたい』と感じたならば、そのまま面接を受けて実際に就職するパターンもあります。利用者さんの中には、過去にせっかく就職したのに長く続かなかった…という辛い経験をお持ちの方もいます。しかし就職する前にたくさんの業務経験を積み、人柄や職場の雰囲気を知っていれば、そのようなことは起こらなかったでしょう。」
-実際に働いてみてから職場を決めるというのは、インターンのような制度ですね。就労体験した企業であれば、就職する時も安心ですね。
「就労先の企業と利用者さんの間にワークスタジオが噛むことで、利用者それぞれに合わせたフレキシブルな働き方が実現します。 たとえばトーエー商会さんに就職されたKさんの例では、最初は1日4時間の勤務からスタートしています。そこから徐々に時間を伸ばし、現在では立派な従業員として活躍していますよ。」
訓練だけでなく、就職後のサポートも手厚い
-就職されたあとも、利用者の方に寄り添うのですね!
「はい、就職後のサポートも行っていますよ。弊社は利用者さんとご家族、就職先企業、そして私ども福祉事業所すべてが幸せになる4WINの構想で動いていますからね。労働環境について就職先企業にアドバイスをすることもあるし、社員教育セミナーも行ないます。」
-就労支援施設というと「就職がゴール」のように思えますが、ワークスタジオの設定するゴールは「就職先への定着」というわけでしょうか。
「ゴールは定着というよりも、成功ですね。カリキュラムの中で教えている仕事哲学は、私の経験から作り上げた営業研修がベースになっています。これは就職するためのものではなく、その人の人生を成功させることが目的です。利用者さん本人の『やりたいこと』が出来、それによって幸福になることがゴールですから、人によってはその手段が就職ではないかもしれません。」
こう見ると、一般的な人材育成システムと全く変わりない。むしろ個人の本質に合わせて対応しているぶん、高い効果が期待できる。教育や支援といったものは、本来このようにあるべきなのだ。
ワークスタジオ群馬は間違いなく優秀な人材を輩出しており、福祉事業所、利用者とその家族、就労先企業の全員が幸せになれる構造が出来ていると言える。ところで笠井氏は、どのような想いからワークスタジオを立ち上げ、運営しているのか。実はそのバックグラウンドは、壮絶な出来事の連続だった。
大波のような半生
-笠井さんは、どのような経験からワークスタジオ群馬を立ち上げたのでしょうか。その原体験になっている部分をお伺いしたいです。
「26歳ごろ、音楽プロデュース業をしていた経験があります。ヒップホップやラップといった文化が好きで、作曲や録音の仕事をしていました。
しかし過重労働が続いたことや家族の不幸から自身もメンタル不全になってしまい、通院していたことも。そこに追い打ちをかけるように、音楽配信サービスの流れがやってきました。つまり、CDが売れなくなる時代に入ったわけです。」
-時代の移り変わりは、人の人生を大きく変えてしまうこともありますよね。
「私は音楽スタジオなどの大きなものも背負っていたので、そこで多額の借金を背負ってしまうことになります。これはもう働いて返済していくしかないと思い、就活を始めました。
そして33歳ごろ光ファイバーの工事をする仕事に就いたのですが、これがいい仕事で。日給は2万円、交通費や宿泊費も出る。やったぞ、これで借金が返せるぞ!と思ったのですが……」
-またハードルがやってくる、と……
「はい。実はその仕事は親方が”うつ”を患っていて、仕事時間であるにも関わらずメンタルダウンしてしまって自動車の中で寝てしまう方だったんです。その間は私が働かなければならないし、それでは限界がある。結局失職することとなり、別の仕事に。
次に就いたのは、通信系商社の営業マン。そこで私は爆発的スピードで昇進し、1年で部長職になりました。その職場は離婚率90%と言われていましたが、とにかく仕事仕事の毎日で、働いた分だけ借金が返済できるわけです。家族のことを考えている余裕は、当時ありませんでした。」
-仕事と個人の壁が複雑に絡み合っていますね。
「働き詰めでも仕事にやりがいを感じていた日々でしたが、ある日最愛の母親がガンを発病。脳障がいが出はじめてヘルパーさんとのトラブルが目立つようになり、私が介護することにしました。そして私は仕事を変え、青山のIT派遣会社で働くことに。」
-介護しながら働く……お気持ちは分かるのですが、やはり大変だったのではないでしょうか。
「もちろん大変でしたが、同時に家族との時間を楽しむようにしていました。そして、どうにか愛する母にも楽しんでもらおうと思いついたのが『スペシャル小鉢』です。」
-スペシャル小鉢。
「食事の中に特製小鉢を含め、『これは◯◯産のものだよ』などと毎日語りかけるんです。過去の営業職で培ったトーク力が、家族のもとで活かされることになりました。 しかし…今度は前妻が脳障がいで亡くなるという知らせを受けるなど、とにかく紆余曲折な時期でした。あまりにも多くの出来事があり、私自身の考え方は変化せざるを得なかったんです。」
究極の「おせっかい力」がワークスタジオ群馬を作り上げた
「教育の本質は『おせっかい』である」……これは、哲学者の内田樹による言葉だ。
前半にご紹介した、受ける側が「そこまでやるの!?」と言ってしまうようなワークスタジオ独自の仕組みは、企業と地道に堅実に築いてきた「濃厚な関係性」なしには生まれない。
笠井の大波のような人生からワークスタジオ群馬に抽出された営業やビジネスの技術、そして究極の「おせっかい力」。群馬県内、福祉業界のみならず、全ての人類に当てはまる本質的な部分を大切にすることが成功のカギなのかもしれない。
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